万華鏡の世界

自分と自分と時々君

ミュージックセリエル、そして偶然性の音楽

 「4分33秒」。音楽界に波乱を巻き起こした曲である。一般的にピアニストが演奏することが多い曲で、(絶対にピアノだと決まっているわけではない)3楽章に渡りタセット(休止)と楽譜に記述されている。つまり楽音は一切登場しない。沈黙の音楽として私は高校生の頃から認知していた。知った当初はあまりに衝撃的で、音楽とは認めたくないあまりに非難ばかりをしていたが、今はやや考えが改まった。その話については後ほど記述する。

 どうしてこのような極端な音楽が登場したのか、その流れは同時期に流行したミュージックセリエルと深い関係がある。

 戦前はロマン派の流れから、ドイツに負けないフランスらしい音楽をというわけでドビュッシーに代表される色彩豊かな印象派音楽がフランスで流行、ドイツではロマン派の流れを引き継いだシュトラウスを代表する後期ロマン主義が、確立された形式、和声、巧みな管弦楽法を重んじたドイツ音楽として最後の輝きを放っていた。そして懐古的な原始主義といわれるストラヴィンスキーの音楽もこの時期であり、民族音楽を取り入れたバルトークの音楽も同時期、さらに無調音楽として有名なシェーンベルクウェーベルンなどの音楽家もほぼこの時期である。このように20世紀付近の音楽というのは一概にこうだとは述べられないほど様々な方向の音楽が登場し、混沌としていた。

 今回この中で注視したいのは、シェーンベルクの12音技法である。調性に代わる音楽の方法論として無調の12音技法を確立させた。これは12の音を1つずつ使って並べた音列を半音ずつ変えていき、12個の基本音列をつくる。そしてその反行形を作り、さらにそれを基に逆行を作り、反行形の逆行形から12個の音列を得てトータル48個の音列を作り、曲を作るのが12音技法である。理論立てられたこの方法で音楽としての統一性を得ている。20世紀音楽は、シェーンベルクによって開拓されたといっても過言ではないだろう。

 そしてこの無調の流れはシェーンベルクの弟子のウェーベルンに引き継がれる。ウェーベルンの後期作品では部分的に音価をセリー的に扱ったものもある。シェーンベルクの12音技法は音高に関しては斬新な方法で調性に打ち克つ論としてはかなり有効ではあったが、音価や強度等の他のパラメーターは従来通りだった。

 その12音技法の方法論の矛盾点、曖昧な部分を解決したのがオリヴィエ・メシアンである。メシアンはすべてのパラメーター、音高、音価、強度を対象にそれらを数列化し、論理構築を図った。これをフランス語ではセリー・アンテグラルといい、そのほかの呼び方として全面的セリー音楽、総音列主義などがある。最初の数列と数式を決めたあとは計算によって自動的に音楽作品ができあがる。これが世間に知られたきっかけが「音価と強度のモード」である。  

 これは、メシアンが当時の若い前衛音楽家たちを集めた現代音楽講習会の講師として滞在中のダルムシュタットで作曲したピアノ曲である。これに感銘を受けたメシアンの生徒であったピエール・ブーレーズがこのトータルセリーの第一後継者となった。

 ブーレーズによるトータルセリーの音楽というのは、メシアンとは異なる。初期こそトータルセリーの要素を含んだ曲や、ウェーベルンの様式を意識したものを作っていたが、「ピアノ・ソナタ第三番」以降の楽曲では新しい様相を見せている。2台のピアノのための「ストリクチュール第1巻」そして「ストリクチュール第2巻」。これらでは同時期に活躍していた作曲家ジョン・ケージの偶然性の音楽の要素を取り入れている。「管理された偶然性」と現代音楽史では呼ばれていた。

 完全に計算によって構築するメシアンのトータルセリー音楽とは異なり、楽章の順序を演奏者に委ねている。そして各楽章もいくつかの断片によって構成されていてその演奏の順序も自由である。しかしその音楽的な素材となっているものは、ジョン・ケージの作品とは比較にならないほど厳格に規定されている。ここがトータルセリー音楽としての「らしさ」なのだろうか。ウェーベルンの点描的なセリー主義の音楽を強く意識している様子がこの「管理された偶然性」の音楽にも現れているのがうかがえる。

 私はメシアンブーレーズのトータルセリーの音楽に関しては、その新しい方法論を確立させようとした音楽史的な流れや、意図については評価したいと考えているが、実際曲を聴いた際に全く理解ができず、色彩性があまりに乏しく感情の揺動を起こし得ない点から腑に落ちない面持ちになる。あまりに流れが読めない音列の集合体を音楽として知覚するには至らず、難解である。このように感じている人は私だけではないはずだ。そしてその難解さ故に演奏もかなりのテクニックが必要と見られる。おそらくそのことが理由で衰退していったのだろう。

 ところでメシアンについて、彼は理論立てた音楽を構築したため非常に無機質で、冷淡なイメージをもたれるかもしれないが(個人的にそう感じているだけかもしれないが)、熱心なカトリック信者であり、さらに自然をこよなく愛する一面もあった。それが現れているのが『鳥のカタログ』である。これは各曲が鳥の名前になっており、採譜した鳥の鳴き声のカタログの様相を呈している。音楽史的にはあまりこの部分が触れられない印象があるが、実はメシアン最大規模とわれるピアノ曲集がこれなのだ。そのことには僅かながら目を向けておきたい。

 先ほどの話ですでにあがったがメシアンブーレーズのトータルセリーの流れとは異なるのがジョン・ケージの音楽である。彼は大学中退後ヨーロッパに渡り、そこで出会った芸術に感銘を受けて作曲を始めた。そしてアメリカに戻りロサンゼルスに亡命中だったシェーンベルクに音楽を学んだ。初期はシェーンベルクの音楽のオマージュのようなものが多い。

 1940年頃には、グランドピアノの弦にゴムやボルトなどを挟んで音色を変化させたプリペアド・ピアノを考案する。徐々に彼独自の音楽性が現れてくる。

 そして、彼はこの時期には12音技法をマスターしていたようだ。それをさらに確率的に変調させてその可能性を開拓していた。そして1945年に鈴木大拙に出会い、禅を2年学ぶ。東洋思想に触れた契機がここにある。その後に中国の『易』を学ぶことで偶然性の音楽へ結びつくこととなる。

 この時期に彼が無響室を体験していることも興味深い。無響室で完全な無音を体験したのかと思えばそうではなく、彼はそのときに体内からの音(心臓の鼓動音)を聴き、沈黙を作ろうとしても不可能であることを知ったと言われている。

 東洋思想をもとにつくられたのが「易の音楽」であり、これは貨幣を投げて音を決めた。これが不確定性音楽のできる契機となった。不確定性の音楽は偶然性の音楽の一種であり、これは演奏や鑑賞の過程に偶然性が関与するため、演奏の度に異なるものになる。「易の音楽」の場合は作曲の際に偶然性が関与するが、演奏の際にそれがないため厳密には不確定性の音楽とは呼ばれず、「チャンス・オペレーション」といわれる。

 そういった流れを経て1952年に偶然性の音楽、ケージの代表作の1つである「4分33秒」が発表された。

 ちなみに、1950年には図形楽譜(図形譜)ができる契機となる出会いがあった。ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会場でケージとモートン・フェルドマンが偶然出会ったのだ。それまでセリー的な技法や伝統的な和声法を用いた曲を作っていたフェルドマンだが、徐々にその体系とは異なる曲を作り始める。そしてグリッドを用いたり、一定の時間において演奏する音の数を記したりするなどをして図形楽譜を生み出し、それを使用して様々な試みを行ったといわれている。

 フェルドマンはこれにより偶然性の音楽や不確定性の音楽に非常に影響を与えた人となるが、フェルドマン自身は、演奏家に好き勝手に楽譜を解釈され意図しない方向へ曲が変化するのを許容できず、70年代にはこの記譜法を放棄する。

 私も、図形楽譜のような大層なものは書いたことがないが、アクースマティック音楽のような現代的な曲を制作する際は必ず楽譜のようなものを作っていた。トラックごとのイメージをそれぞれ丸や点、線に置き換えて並べるのだ。クレッシェンドやフェルマータ、英語説明や数字など様々な表記法が混在しているもので、自分はこれを見ればおおよそどのような曲にしたかったのか見当がつく。そして完成した音楽をアクースモニウムで万一他の誰かに演奏してもらうことになった場合は精緻し、より体系化させた楽譜のようなものを渡すかもしれない。ところが、演奏された音楽が自分の全く意図しないひどいものになったとしたらどうするだろうか。やっぱり憤慨するかもしれない。そう考えるとフェルドマンの心境は少なからず理解ができる。彼の意図した図形楽譜の位置づけというものは、あくまで従来の五線譜の表記法では表記できなかったジャンルの音楽を表記するためにつくったものであって、決して演奏者による自由な解釈の誘引や、解釈の幅を拡張するためのものとは考えていなかったのだろう。それでは楽譜の言語性の価値を踏み躙ることになる。

 「4分33秒」、偶然性の音楽の話に戻る。私が高校時代に書いた小論文では以下のように意見をしている。

 

[ アメリカの作曲者ジョン・ケージは、音を一切出さない「4分33秒」という曲を作った。彼はこの曲をオーケストラで演奏した。ピアノのふたの開閉をする以外に演奏者の動作はなかった。観客は音のない「音楽」を4分33秒の間聴いた。これは音楽作品の在り方を私も含め、多くの人に改めて考えさせられるきっかけになった。この曲は、沈黙の音楽として二十世紀の音楽界に波紋を巻き起こした。

 このことについて賛否両論あるが、私は、音楽として考えた場合にはこの曲を音楽とは言えないのではないかと考える。音は音楽の根本的な要素であって、静寂のみを素材とすることは音楽の否定をすることになりかねない。ここでいう静寂とは、無響室のような全く音のない環境をいっているのではない。かすかな音響が存在する音空間を指す。静寂は、人に安らぎを与え、美しさを感じさせる。音楽が存在するためには静寂は不可欠なものである。そして音楽は、まず静寂を美しいと認めるところから始まるものだ。作曲をする時、気に入らない旋律があると消し去ってしまう。これは、その旋律よりも静寂に戻した方が美しいと認めたことになるのだ。音楽作品もまた、静寂が始めにあり、演奏があって全て終わった後に再び静寂が訪れることで成り立っている。音楽作品の価値もまた静寂に委ねられており、音は最終的には静寂に打ち克つことができないのだ。このような意味で静寂は音楽の基礎といえる。そして音楽は静寂の美に対立し、それへの挑戦によって生まれたもので、音楽を創造することは静寂の美に対して、音を素材とする新たな美を追及することである。

 つまり、音楽作品には静寂を基礎とする音が必要なのだ。ジョン・ケージの「音楽」は自然を模倣し、非常に精神性が高いものであるという点で芸術だとは言えるが、静寂に克つために音を素材として使うことをしていないため、音楽だとは言い難い。ただ、静寂の美を人に再び気づかせるきっかけをもたらした点で彼の作品は認められるべきである。](『音楽作品とは』よりl12-32抜粋)

 

 根本的な総意からまず覆すが、さすがに音楽作品として認められているからには音楽ではないと意見するのは今や厳しい。「4分33秒」は紛れもなく音楽作品である。だがしかし、「4分33秒」が登場するまでの「音楽作品」というのは、上にもあるように静寂を基盤として楽音が存在することで成り立つものであったことは確かである。ところが、ケージはその静寂に存在する音も素材として捉えたのであり、ここがこの音楽作品としての要である。従来の「音楽作品」の定義からすれば確かに「音楽作品とは言えない」とも言えるのだが、「4分33秒」は従来とは全く異なる新しい音楽の枠組みを構築したのだ。

 なぜ当時の私が頑なにこの音楽を拒んだか少し釈明をすると、楽典や和声法を学んでいる真っ最中でまさに従来の音楽の規則に呪縛され、苦しめられていたからである。古典的な規範に囚われ雁字搦めになっていた私は、ケージのあまりの天才っぷりに驚嘆し、妬んでいたのだ。

 音高や音価、強度を選定する作曲家のある種の楽しみ、そして苦しみを丸々取り去ってしまった「4分33秒」。実際に鑑賞をすると、やはり普段ポピュラー音楽や印象派以前のクラシックに慣れ親しんでいる私は拒絶をしてしまうが、サウンドスケープという概念で捉えるともう少し違った感覚で捉えることができる。ただ「4分33秒」ができた時代にはその概念はないし、サウンドスケープは芸術音楽とはまた少し違った方向性(芸術というよりデザインに近い概念)であるためあまりここでは語らないこととする。芸術音楽として鑑賞した場合には、音楽の新しい枠組みを構築してしまったケージの偉大さにやはり嫉妬心を覚える。

 和声法に始まった曲作りの際の規範構築は、大きく見るとトータルセリーまで上りつめたヨーロッパの流れと、全てを開放し偶然に任せたアメリカの偶然性音楽という流れになった。当時は思いもしなかった人が多いが、音楽史として流れを辿ってきた私にとっては、あまり意外性のない当然のような結果だったと考える。

 しかし、それ以降の様々な音楽や現在溢れている音楽を耳にしても、今後どのような展開があるのか予測できないでいる。どちらかというと音楽の発展はもう止まってしまったのではないか、という意見に賛同している状態である。

 

参考文献

ヴァルター・ギーゼラー『20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望』 音楽之友社

海老澤敏、上参郷祐康、西岡信雄、山口修『新編 音楽中辞典』 音楽之友社、2003年

上尾信也『音楽のヨーロッパ史』講談社現代新書2006年

大町陽一郎クラシック音楽のすすめ』講談社現代新書1992年

岡田暁生西洋音楽史中公新書2008年

岡田暁生『音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉』中公新書2009年

カールハインツ・シュトックハウゼンシュトックハウゼン音楽論集』 現代思潮新社

松平頼則『新訂・近代和声学 近代及び現代の技法』 音楽之友社

宮下誠『20世紀音楽 クラシックの運命』光文社新書2006年

古代文明における女神像、その象徴性

 「古代文明」、「女神像」を指し示すものは多数存在する。そこで後の古代ローマの美術にも大きく影響し、西洋美術史の根幹ともいえる古代ギリシアにおける女神像を中心に話を展開していきたい。

 先史時代よりすでにヴィーナスと呼ばれるような女性の偶像は存在していたことが確認されており、各々の女神像における解釈をあらゆる分野の研究者が今日まで行ってきた。確かに古代の彫刻や絵画は我々が確認できるほどいくらかは残存するが、具体的にそれが当時の人々にとって何を意味するものなのか、示唆するものが定かではなく解明に至っていない。女神の象徴性という問題は、その起源の問題抜きに語れるものではないだろう。

 

 先史時代で有名なヴィーナス像といえば「ヴィレンドルフのヴィーナス」がある。これは紀元前3万年頃のもので、非写実的なぽってりとしたふくよかな体型が特徴的な女性の偶像である。「ヴィーナス」と名づけられているが、それが実際のところ女神の像だったのかは明確ではない。神秘的な大母神の聖像である説や、護符や子供の玩具である説など様々な憶測が学会で飛び交っている。多産、豊穣との関連性から社会的に高い地位を示していたものと考える研究者もいる。明らかなことは、先ほども述べたように写実的でなく非常に豊かな体型の像であるということのみである。

 

 では、確認できる事実上の「女神像」とは一体何であろうか。先行研究の数や残されている文献を考慮すると、先史時代のヴィーナス像に関して考察することよりも、古代ギリシア神話における女神達に焦点を当て、起源とともにその象徴性を類推する方が賢明であると考えられる。

 

 このテーマを考察するに当たって多くの論文に取り上げられていたのがJ・J・バッハオーフェン著の『母権論』(1861)であった。豊かさや平和といった抽象的な意味合いで捉えるのではなく、これらに関する研究というものは社会と女神像を結びつける傾向が強かった。庄子大亮の『古代ギリシアにおける女神の象徴性 : アテナ,アルテミス,デメテルを例に』で『母権論』はこのように要約されていた。簡潔で比較的平易だったため引用する。

『バハオーフェンはもともと法学者だが、古代法の研究から古代社会に関心を抱き、おもにギリシア神話における女神や女性の活躍、重要性に着目して、女性が権力を有した「母権制」が太古に存在したと主張した。』(「古代ギリシアにおける女神の象徴性 : アテナ,アルテミス,デメテルを例に」『西洋古代史研究』第11号2011年63頁引用)

 ここで鍵となる言葉である「母権制」に関して、多義的に都合良く使用されている言葉の曖昧さをできる限り排除し、混同される恐れのある「母系制」と区別を図るため定義する。

 母権制とは、女性が政治的な支配権力を有しており、社会的地位が高く、家族制度においての権利の優位性があるという意味で使用する。また、母系制は権力の有無ではなく、女性の出自を辿って家族などの社会的集団をつくり、財産を相続、継承する意味である。逆に男性が権力を有する場合は父権制社会、男性の出自を辿って社会集団を形成する場合は父系制社会と呼ぶ。

 バハオーフェンの『母権論』のような主張は19世紀に流行した風潮であり、様々な分野の研究に影響を及ぼした。実際、母権制社会から父権制社会へと人類社会が進化したというようなことを唱える人も現れた。フリードリヒ・エンゲルスやジェーン・H・ハリソンがその例である。この19世紀というのは、モラルやジェンダー観が確立した時期でもあり、進化論に注目が集中していた時期でもあることは留意しておくべき点であろう。

 現在となってはそのような見解をする者は少ない。大きな流れとしては先史時代においての母権制社会の存在はなかったとする見方が強いのだ。しかしながら、なかったものをなかったと「実証」することは難しいし、ひょっとすると「母権制」という概念の認知の差異によって議論そのものの輪郭がぼやけ、食い違っていることもあるのではなかろうか。

 バハオーフェンの影響を受け継ぎ、考古学的な解釈を盛り込んだ近年、現在のフェミニストの母権論は以下のようなものである。

 

 新石器文化に見られる偶像がほとんど女性であることとその生命を生みだす姿から、先史時代には大地や自然を女神として崇め、女性を敬い、調和を重んじる母権制社会が存在したと類推できる。しかし、その後父権制社会が確立し、先住民の母権制社会は崩壊した。ギリシア人が崇めた女神達は、その父権制社会が確立する以前の母権の象徴であり、太古の大母神の名残なのである。

 

 この見解に関していくらかの問題点が見出せるが、例えば冒頭で述べたように女性偶像が当時の人々にとってどのような意味をもたらすものであったか明確な証拠が残されていない。「生命を生み出す姿から」という部分でさえ憶測にすぎないのだ。やはり、女性偶像や神話だけでは母権制社会の存在を立証するには材料が不十分であり、暴論である印象が拭いきれない。

 また、もう1つの方向性としてギリシア神話における女神達がもともとは同一神(大母神)であったと主張する学者(アメリカの宗教史家マグリット・リゴリオーゾ)もいる。そして、単独で生命を生み出す大母神は母権社会の象徴であったと見なすのである。リゴリオーゾはギリシア神話における女神達は太古の大母神の名残であると解釈している。ガイアとデメテルのようにギリシア神話における神々が同一視されることがあったからだという。本論は、リゴリオーゾの論法を批判するのが目的ではなく、あくまで古代ギリシアの女神における解釈をいろいろに取り上げることであるため、フェミニストの主張も、実証主義の解釈の真偽も問わないこととする。

 しかしながら、なぜギリシア神話における神々が同一視されることがあったのかという問題は女神像を探る点で無視できない。オリュンポス12神における女神を中心に個別にみていきたい。

 

アテナ(ミネルヴァ)

 アテナは、アポロン(アポロ)と同じく恩恵と文明をもたらす神で、ゼウス(ユピテル)の娘である。また、学芸諸団体の守護神で様々な手仕事、とりわけ女性特有の領域である出産や糸紡ぎ、機織の守護神であったが、一方で古くは戦争の女神であった。古典古代の美術ではメドゥーサの首はアテナの山羊皮のマントの上に置かれているが、後代になると首は女神の楯を飾っている。そして、男を必要としない処女母神である。

 古代ギリシアよりローマ、ルネサンス、およびそれ以降で変わらなかったのは、恩恵の女神としての姿である。この場合は、梟が傍らにおり、しばしば学問の象徴である書物の上にとまっている。

 また、アテナはアテナイの守護神である。『転身物語』6:70-82によると、アテナとポセイドンはアテナイを都とするアッティカ地方の領有をめぐって争っていたが、アテナが平和と豊饒の象徴であるオリーブの木に花を咲かせたことで勝者となったというエピソードがある。

 そういうわけで、アテナイ市民の擬似的母ではあったが、ここでいう「市民」とは男性のみのことであったため、父権社会の守護神でもあったとも言える。さらには、アイスキュロスの悲劇『エウメニデス』(前458年上演)で『万事において、私は男性に味方します。』という彼女の語りがあるため一層その印象は強い。

 

アルテミス(ディアナ)

 アルテミスはゼウスとレトの娘で、アポロンの双子の妹である。アテナと同じく処女母神である。そして狩人であり、純潔の擬人像であった。ギリシア時代より前では、その原型は地母神であったとされている。そしてアルテミスは月の女神セレネと同一視されることもあった。

 プラトン『テアイテトス』149Bによれば出産の女神でもあった。処女神であるがゆえに、その領域を司ることができるとされたのだ。そのため、お産の女神エイレイテュイアと同一視されたり、スパルタではオルテイアと呼ばれたりした。

 アイスキュロスアガメムノン』141-143によると、自然界の生命を愛し司る存在であったとされる。人間の態度によって激しい怒りを見せることから、自然に対する人々の畏怖の念の象徴でもあったようだ。

 アルテミスの兄とされるアポロンは音楽や医術、律法、裁判などの文化、公共の領域を司る神であり、アルテミスとは対照的であった。そのことからも、より一層自然を司る神である印象が強く、ポリスの周縁ないし外の領域に位置する神であったと考える。

 

デメテル(ケレス)

 デメテルは古典ギリシア語で「母なる大地」を意味するように、ギリシア神話の農耕の女神である。とりわけ穀物と関係が深く、繁殖力の源である地母神として崇拝された。古典古代彫刻では両手にそれぞれ蛇を掴んでいることが多い。大地の豊饒を示す擬人像としては、穀物の穂の冠をかぶり、穀物の束あるいは果物や野菜のつまった豊饒の角を手に持つ姿で表現される。

 

ヘラ(ユノ)

 オリュンポスの最高位の女神でゼウスの姉妹で妻である。結婚や出産を司る女神として崇拝された。通常の持ち物は孔雀で、古代にはヘラの聖鳥とされた。また、古代においてはさらに柘榴と郭公のとまった笏という持ち物を有していた。柘榴は、種が多いところから豊饒を意味している。

 主には結婚の女神として捉えられることが多いようだ。嫉妬深い一面もあり、その点からも女性性を見てとることも可能だろう。

 

アプロディテ(ウェヌス

 アプロディテは、愛と豊饒の女神であり、クピドの母である。持ち物は様々だが、とりわけ海から生まれたことからホタテ貝の貝殻やイルカを有していることは留意したい。[ギリシア最古の詩人の一人、ヘシオドス(『神統記』188-200)による]。彼女の名前も、aphros(泡)を語源としている。

 美術作品において、神話的、象徴的な意味合いを失っていることは多く、裸婦の同義語ともされているが、美しいものとして描かれることが多い。その点を踏まえた上でも愛や美、豊かさの女神であったことが分かる。

 

ヘスティアウェスタ

 ヘスティアは、古代ギリシアでは家庭の中心をなす炉(日本でいうところの釜戸)を守る処女神であった。

 

 まとめると、女神たちにはそれぞれ特徴こそあるものの、豊饒や出産という点で重なる女神も多く、同一視される場合もあったために起源を一元化する見方が存在する。父権制社会での女神の位置というものは、母権制社会の名残であるという結論に飛躍することは難しく、少なからず市民(男性)が女神たちのような母性、女性性を求めたことによる結果ではないだろうか。時代やその地域によって女神の性質は少しずつ異なることがあり、一概に社会との関係性を断言することは難しい。しかしながら、人々の理想やイメージが神々に込められたことは、ギリシア彫刻を見ると容易に類推できる。



引用・参考文献

呉茂一『ギリシア神話 上』1979年 新潮社

呉茂一『ギリシア神話 下』1969年 新潮社

James Hall『西洋美術解読事典』58頁、121頁、226頁、327頁、350頁 1988年 河出書房新社

庄子大亮『西洋古代史研究』第11号「古代ギリシアにおける女神の象徴性―アテナ、アルテミス、デメテルを例に」2011年

須藤健一『母系社会の構造:サンゴ礁の島々の民族誌』1989年 紀伊国屋書店

Johann Jakob Bachofen『母権論』1861年

西岡文彦『図説 名画の歴史 鑑賞と理解 完全ガイド』2005年 河出書房新社

平山満紀母権制とはいかなる概念か」江戸川大学紀要『情報と社会』9号 1999年

 

『セロ弾きのゴーシュ』に登場する楽曲の考察

 

 

 『セロ弾きのゴーシュ』は、その表題の通り音楽が大きく関与する物語である。音楽そのものを主題にしているというより、ゴーシュという人物を描くための足がかりとしたという見方が賢明である。物語の主要なモチーフというものは他に存在するが、物語の構成や内容を見るにつけ、常に意識せざるを得ないその音楽の存在について音楽を学ぶ者として論じないわけにはいかなかった。そこで、今回は『セロ弾きのゴーシュ』を音楽的観点から読み解き、とりわけ「第六交響曲」についてその曲を選択した書き手の意図を模索する。

 「ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。」という一文から始まる。活動写真館は今の映画館に当たる。映画がまだサイレントだった頃、その音楽をつけるのが「楽手」であり、ゴーシュはそのチェロ担当であったということだ。描かれる情景から小さな町は田舎にあることから、ゴーシュは二十人程度の小規模編成の管弦楽団に属していたのだと推測する。ゴーシュは「仲間のなかではいちばん下手」ではあるが、プロの楽団に属していることからある程度の技量はあったと考える。しかし、「プロ」と呼ばれる金星音楽団がライバル視していたのは「金沓鍛冶だの砂糖やの丁稚なんかの寄り集まり」というようなアマチュア楽団であり、レベルはそこまで高くないようだ。そのなかでもゴーシュは「いちばん下手」なのであるから、アマチュアとプロの丁度境界線に位置するような腕前である。

 そして音楽会で演奏する「第六交響曲」の練習風景が語られる。この「第六交響曲」はベートーベンの〈田園〉だと有力視されているが、実際のところ明確となっていない。その練習風景から分かることは、トランペット、クラリネット、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、チェロが編成に含まれていることである。そしてここからは独自の解釈になるが、歌うトランペットからトランペットが旋律、「二いろ風のやうに」鳴るヴァイオリンは和音やオブリガート、その補助としてクラリネット、最低音を受け持つものとしてチェロといったような分担で奏する小節ではないかと予想した。その予想のもと〈田園〉の楽譜と照合する。

 まず、トランペットが登場しない第一楽章と第二楽章は除外する。そして「トォテテ テテテイ」という楽長の言葉から拍子の関係で第三楽章も除外される。次に、トランペットが「歌う」つまりある程度の長さのある旋律を奏でている箇所を探す。第四楽章はトランペットが「歌う」ほどの長さを奏する箇所はない。第五楽章についても同様で、トランペットが歌っていると思われる箇所があってもチェロは休みであったり、他のパートが動いていなかったりとやはり条件にあてはまる箇所がない。ベートーベンの交響曲第五番と六番は一時期入れ替わっていたことがあるため、第五番の〈運命〉も視野に入れて照合を試みたが、やはり該当する箇所がなく、第六番に変更する前、第九番であったことから第九番の〈歓喜の歌〉も照合したが一致しなかった。
 大木愛一、池川敬司の『文学と音楽の交感‐宮沢賢治童話「セロ弾きのゴーシュ」を通して‐』の中では、該当する楽器構成を有する楽曲はチャイコフスキー交響曲第六番〈悲愴〉であると主張している(さらに第三楽章であると論及している)。確かにベートーベンの楽譜と比較すると、チャイコフスキーの〈悲愴〉第三楽章はより物語と合致する内容である。「悲愴」というと、その意味合いから物語の雰囲気とは合わないという主張も考えられるが、日本語の副題がそうであるだけで、チャイコフスキーがつけた副題の『パテティーチェスカヤ』はロシア語で「熱情」を表すということに留意したい。フランス語では確かに「パテティーク」で「悲愴」を意味するが、その両者の語源を辿るとギリシャ語の「パトス」であり「情念、情感」となるため、どちらをも含んだ意味合いとなる。平たくいえば、それは揺れ動く感情を想起した楽曲であり、「セロ弾きのゴーシュ」ともぴったり同調するのではないだろうか。音楽的にも〈田園〉よりは、やや重いが違和感を覚えるほどでもなく、難度の高いチェロのフレーズを含んでいることから、アンコールの際に楽長がチェリストであるゴーシュを呼び寄せる流れも円滑で納得がいく。

 ところが、最終的に「第六交響曲」となる前に「第九交響曲」であったことが問題である。厳密には、「第九音響楽」の後に「ほたうの唄」に変更され、最終的に「第六交響曲」となったと入沢康夫は述べている。チャイコフスキー交響曲に第九番は存在しないため、やはりベートーベンの〈田園〉が有力なのである。〈田園〉には、かっこうをイメージしたモチーフが存在し、ゴーシュのかっこうとの交流の場面で「第六交響楽」を挙げていることや、最後の場面でかっこうに対してゴーシュが「おれは怒ったんぢゃなかったんだ。」と言っていることから、かっこうと〈田園〉の関係を述べることも可能である。あるいは、そういったことではなく、ベートーベンの音楽性、精神性のみをモチーフとして話に組み込んだのではないだろうか。詳細は後ほど記述する。

 「第六交響曲」のように曲名が出てくるものとしては他に「印度の虎狩」がある。この曲は、物語において「第六交響曲」より重要な位置を占めている。猫との交流と、アンコールを受けての場面で演奏され、質はその前後で異なり大きく変容している。この曲は、「セロ弾きのゴーシュ」が書かれた時期にビクター・レコードから発売されていたコメディ・フォックストラットによる〈Hunting Tigers Out in India〉を元にしているのではないだろうか。原曲の雰囲気はコミカルで、ブルーノートを多用した陽気な音楽という印象であるが、初期の録音では実際の虎の鳴き声や鉄砲の音が入っていることから勇ましい音楽ともとれる。テンポをアレグロからプレスト程度まで速くし、アレンジを加えてチェロで力強く弾けば猫が火花を散らしながら退散するほど激しく凄まじい楽曲になるのである。ただ、かなりの改変が必要となるため、原曲とは似て非なるものであることは留意すべきである。

 宮沢賢治は動物達との交流において、音楽的な意味ではゴーシュの技術を向上させる場面を描いていた。チェロ弾きとしては初心者だった彼だが、技術向上に必要な条件を基礎的でありながらも的確に捉えていることから音楽の理解はかなり深いものであったことがうかがえる。技術向上における記述に関して不足している点を挙げるなら、曲の解釈という演奏者には必須の事項である。それは和声の理解や作曲者の時代背景、文化などさまざまなものを考慮するという意味であり、全くその努力がゴーシュに成されていなかったわけではない。楽譜をよくよく見ることは、曲を理解することそのものであり、本当にそれが成されているのであれば、分析や曲の背景を辿る作業は装飾程度の重要性にしかなり得ない。ゴーシュが行っていたのは、文章を辿る限りでは「楽譜を読む」作業ではなく、音の強弱やアーティキュレーションに注意を払うと言うような「楽譜を見る」作業であり、理解への足がかりとはなるが、それだけではアマチュアの域となってしまうため理解不足ということになる。本作が児童文学であることや、四種類の動物の登場というバランスを考慮すると、そちらを優先させるために詳細には語らなかったのかもしれない。ベートーベンの音楽の精神性をおよそ理解していたからこそ『セロ弾きのゴーシュ』に入れてきたのだろう、と話の構成やその物語のもつ性質から判断できるため、それらのことを賢治が知らなかったということは考えにくいのである。そうであるために、〈田園〉には『セロ弾きのゴーシュ』の練習風景のような楽器構成の状態にならないことがミスであるとはどうしても思えず、意図的に詳細を〈田園〉のままにすることを避けたのではないかという結論に至った。「第六交響曲」が全くの架空の楽曲でないとする根拠は、推敲段階で何度もその題目を変更している点である。それだけ物語における楽曲は、単にあらゆる音楽の中の「何か」ではなく意味を持たせたものなのである。具体的に「第九交響楽」と選択をしていることからも何がしか参考にした基となる曲が存在することを示唆している。

 吉本隆明によれば「かれの理念が、地名や人物の起源の固有性とははんたいの普遍性にあったとすれば、架空な場所や人の呼び名として造語され、それがどんな固有の場所や人の名も連想させないのが、理想だったとおもえる。」と述べている。元となる楽曲を明らかにしないことや、参考にした曲があってもそのままを利用しようとしない理由は引用部にあるようなことが考えられる。『セロ弾きのゴーシュ』という物語を確立させるために、具象的に楽曲について、そして音楽については触れなかったのである。そういった点を考慮すれば、「第六交響曲」はあえてベートーベンの楽曲であることを匂わせ、「印度の虎狩」はその独自性を高めるためにベートーベンより知名度の低い楽曲の曲名を使用したのではないだろうか。「第六交響曲」は確かにゴーシュと人々の交流の場として練習風景と本番の音楽会で登場するため、ある程度重要であるが、物語においてより重きを置かれている動物との交流に登場し、さらに人々の前で奏でることとなった「印度の虎狩」はより重要な音楽である。解釈によって自在に変容する独自性の高い音楽が「印度の虎狩」であり、その背景にベートーベンの音楽における精神性がある。物語の構成や、その構成の厳格さというのはベートーベンの交響曲にも通ずる。

 最後に、ゴーシュとは何者であるのか。山田兼士の『抒情の宿命・詩の行方』では「ゴーシュは〈他者〉である。だが、この〈他者〉は物語の展開に沿って次第に高次化されていきついには〈自己=他者〉の統合体へと変貌を遂げていく〈他者〉なのだ。」と述べている。私はその考えに至るほど理解は及ばなかったが、自身の言葉で表現するならゴーシュは〈境界人〉的であった。動物達との交流における四元論によって構築された「自己」とは別でありながら近似である存在であり、動物と人との境にいた存在であり、音楽の技量的にプロとアマの境に位置していた存在であった。

ベートーヴェン 交響曲6へ長調<田園>作品68


Beethoven: Zesde symfonie/Symphony no. 6 - LIVE concert HD

チャイコフスキー 交響曲6ロ短調<悲愴>作品74


Tchaikovsky Symphony NO.6 (Full Length) : Seoul Phil Orchestra

Hunting Tigers Out in India


hunting tigers (original)

 

参考・引用文献

入沢康夫 1991年 『原色複製<セロ弾きのゴーシュ>草稿について』解説冊子

遠藤祐 2009『「セロ弾きのゴーシュ」 : その語りの仕組み』

大木愛一、池川敬司2007『文学と音楽の交感 -宮沢賢治童話「セロ弾きのゴーシュ」を通して- : 文学と音楽のコラボレーション』

黄 毓倫 2011『宮沢賢治の童話「セロ弾きのゴーシュ」における音楽的な一考察--ベートーヴェン交響曲第六番「田園」と第九番「合唱」の精神』

佐藤克明2002年『ゴーシュの時代とまち』

佐藤泰平 1995年『宮沢賢治の音楽』

土田英三郎<解説> 2003年『ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調<運命>作品67』

土田英三郎<解説> 2010年『ベートーヴェン 交響曲第6番へ長調<田園>作品68』

土田英三郎<解説> 2003年『ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調(合唱付)作品125』

中地雅之 1997『「セロ弾きのゴーシュ」における音楽的陶冶の諸相 - 宮澤賢治の童話によるコラージュ -』

堀内敬三<解説> 2004年『チャイコフスキー 交響曲第6番ロ短調<悲愴>作品74』

牧恵子 1992年『賢治作品の表現研究(3) : 呼称からみた「セロ弾きのゴーシュ」』

松岡由紀 1987年『「銀河鉄道の夜」と「セロ弾きのゴーシュ」 : 晩年の賢治童話と音楽』

山田兼士 2006年 『抒情の宿命・詩の行方―朔太郎・賢治・中也』

吉本隆明1989年『宮沢賢治

『千住博の美術の授業 絵を描く悦び』を読んだ。

 

千住博の美術の授業 絵を描く悦び (光文社新書)

千住博の美術の授業 絵を描く悦び (光文社新書)

 

 新書という読みやすい類の本でこれだけの内容が書けるのはすごいなと純粋に驚いた。一生何かを続けていくということがどれほど難しいことなのかが分かる一冊になっている。そういう意味で、絵描きでなくとも何かをつくる人、つくろうとしている人には是非薦めたい。私は創作面ではやる気のない人種になるため、この本を読むのは正直しんどかった。何故なら、「一にも二にもまず描け(つくれ)」という話であることが嫌というほど分かるからである。この本で惜しいなと感じたのはそういった点で、つまり、何か好きなものが明確にある人でないと本の内容がまるで意味を成さないということだ。好きなものを見つけてさえいれば、この本は非常に実践的でありがたい内容になっている。

詳しい内容について触れたいところがある。カバーでも引用されている箇所だが、絵画とイラストの違いとは何なのかといったところである。イラストは記述的、つまり説明的な性質をもっているのに対し、絵画は「問いかけ」であるといったところが実に興味深い。そういえば、ある詩人も「詩は説明になってはいけない」と述べていたのを私はふっと思い出した。

結局芸術とは答えの返ってこない永遠に向かう問いかけのようなものです。 

この部分を見たときうーんと首を縦に振り唸った。音楽美学とはまさにその性質の関連として生まれたものであるだろうし、優れた作品には多くの批評文がつくなということが分かっているからである。芸術が何らかの「答え」であるとしたら、誰もが考えることを放棄するであろう。「問いかけ」であるということは、鑑賞者に能動性を生じさせるということである。それは鑑賞の意味を生むことにもなっていて、芸術が鑑賞ありきで成立するということにも繋がっている。本著で言うところの「説明になってはいけない」というのが写実的になってはならないと同じ意味なのかというところまでは分からなかったし、音楽が記述的になるということはなさそうな気がするため、理解は浅いものになっているが、この辺りのことは間違いなく重要なポイントであるなと確信している。

日本美術は疎か西洋美術でさえ良く知らないため、美術に関することを呟ける自信はないのだが、この本を通して分かった日本美術画の定義は、使う素材が岩絵具や墨といったものであり、かつ日本画的な思想のもと描かれているといったところであろうか。日本画的思想とは例えば、「余白」の使い方に現れるものである。

 現代の欧米では、塗り残しはたんなる塗り残し。つまり画面は合理的遠近法にのっとりながら「埋めて」ゆくもの、という考え方が大勢を占めています。描いているところにこそ価値があり、それは認識の結果であり、風景画とは駆逐し、未知から獲得していった知的征服物の象徴だったのです。

しかし、私の作品の場合、塗り残しが「空」であり、「画面中央の鏡のような水たまり」だったのです。つまりそこがすべての生命の誕生と宇宙の神秘を現す雨の存在の象徴としての雲、そしてすべての生まれ出た海なのです。つまり塗り残しこそ、画面の中で最も大切な部分だったわけです。

音楽の場合、ジャンルによるものの考え方というのはなかなか見えにくい。西洋音楽と日本音楽では相当な差があるが、ジャンルが新たに生まれ、二、三のジャンルが混合されていることもしばしばあるため、例えばポップスとロックの差というものは極めて小さいものになっている。美術も禁則(というのかは知らないが)を破ることが当たり前になった現代では、その意味はあまり見えてこないかもしれないが、この本に登場する絵の場合はそれがはっきりとしているため、思想の重要性にも繋がっているのが分かる。私が注視したいのは、ジャンルごとの定義(思想)をすることではなく、ものの見え方、考え方は作品に表れ出るといった部分である。そのような意味では、やはり作品の基盤にある観念といったものは必要不可欠である。具体的には、例えば音楽にも休符というものが存在する。日本画的な意味での余白とは異なるが、休符をどのような意味で扱うのかという問題は十分に考える余地のあることだと気付かされる。

本全体の印象としては、肯定できる部分が多く、素晴らしい著書であることは認めるが、実践的な部分に関してはあくまで一つの方法でしかないということには気をつけたいし、大前提として「自分にはこれだ、これしかないと言える好きなものがある」という人向けな本である。つまり、これから何か探していこうという人にとっては酷な内容であり、逆に好きなものがあって、毎日それに向かえている人は精神論的な箇所は読み飛ばしても問題なさそうである。

一つ腑に落ちなかった内容がある。「美しいものは国境を超える」といった箇所である。美には様々な形態があり、確かに国境や時代を超える美しいものは偽りなく美しい。しかし、美しいものすべてが国境や時代を超えるわけではないし、その差から前者が優れていて、後者は紛い物であると決めつけるのはどうなんだろうと今の私は考えている。認知のしやすさが美しいという感覚を呼び起こしている可能性がある。しかし、その感覚でしか鑑賞ができないというのは芸術美の追求において足枷になっているような気がしてならない。これは非常に非情動的な考え方であるし、実に極端なものであるに違いないことは承知の上だが、もっと美というものは広く捉えられるべきではないか、その可能性を探っていく必要があるのではと思うのである。

所謂普通のクリスマスイブを過ごしてみた。

私は日本のクリスマスという行事が不自然に見えて仕方がなく、偏見の眼差しで日本人のクリスマスの過ごし方を捉えている節があり、時にひどく侮蔑的にさえ見てしまうことがあるのだが、実際のところそのような過ごし方は面白いんだろうか、という疑問があった。そもそも「普通」とつけてしまうからには大半の人に当てはまっていなければならないが、とりあえず私が普通と呼んでいるものを示しておこうと思う。好きな人と出かけるかご馳走を作るかして何らかの記念日やお祝いという形で過ごす過ごし方を私は普通と呼んでいる。

ところで、他の日は気にならないのになぜクリスマスだけこうも気になってしまうのだろうか。おそらくだが、それは幼少期の過ごし方が影響しているのではないかと考える。クリスマスは昔、一年で最も不思議で幸せな日だった。何故かサンタという謎の人物からプレゼントが贈られてくるし、その前日には良く分からない謎のお祝いとしてご馳走が出た。ケーキが食べられる、ご馳走が食べられる、おまけにプレゼントがもらえる。理由なんて必要なかった、それは幸せなことに違いなくて、そしてその幸せは当然他の人も同様に与えられるものだと思っていた。

でも、幸福の色はひとつでないことを知り、(幸福は他の人も同様にもたらされるわけではないというショックがあり)サンタは親の「愛」によるものだと知り、お祝いは一応キリスト教と関係があることを知ってからは不信感が募るようになってしまった。形骸化されたものというのはやはりやっていて的を射ないなと感じてしまうし、それを楽しむにはそれに相応しいだけの幸福の自覚がベースに必要そうである。私はそもそも祝い事が好きではないし、理由のない祝い事なら尚更そうであり、さらに幸福を恒常的なものとして自覚するということは苦手で仕方がない。そういうわけで、クリスマスを「祝う」のにかなりエネルギーを要するため、クリスマスと託けて料理をする以外のことは普段していない。

私が普通のクリスマスイブを過ごすきっかけは、彼のご両親の心遣いによるものだった。そのため、ノーということができなかった。誘われたからには楽しもうとしたが、結果から言うと、彼のご両親には申し訳ないが、いつもの過ごし方の方が充実しているように感じた。

24日、その日はクリスマスコンサートを聴きに行った。内容はミーハーといえば良いのだろうか、有名どころしかない演目が並び、その時点で私は少しげんなりした気持ちになってしまっていた。しかし、思いの外演奏は良く、ラインナップの自由さからは想像できない理知的な演奏だったように思う。ただ楽譜通りすぎるというか、もう少しその行儀の良さをコントロールできる範囲で上手く外せていたらより良かったかもしれない。ソプラノ歌手の歌声でビブラートの揺れ幅が広すぎて若干恐怖を覚えることがあり、また、曲によって音のばらつきが見られることがあったがアンコールに何度も応えるような演出と、曲数の多さを考えると値段相応かそれ以上のように思えた。ホールは文句のつけどころがなく、綺麗に音が伸び、音と音が溶け込むような感じがして心地良かった。

この時点で帰宅してご馳走を作って食べていればもう少しクリスマスが楽しいものだと思えたかもしれないが、この後が結構大変だった。軽食を済ませた後に、六本木ヒルズに向かい、列に並んだ。プロジェクションマッピングや、プラネタリウムのあるイベントがあるとのこと。私のために彼のご両親が考えてくれたプランだったため、行くことにしたが、90分待ちという予想はしていたけどやっぱり待つなあというだるさに早速見舞われた。そして楽しめる人もいるかもしれないので、行った感想をざっくり言うと、私には合わなかった。あんなにお金をかけても人を楽しませることができないのは逆にすごいなと思えるほど、無駄にお金のかかったイベントであった。ちなみに彼のご両親も不満気であった。

その後に見た宇宙展もあまり触覚は動かなかったが、プラネタリウムもどきよりは全然マシで、インタラクティブ・デジタル・インスタレーションと呼ばれる体験型の作品は評価できた。よく出来ていたが、音楽に関していうならスピーカーの数を増やし、会場を包み込むような感じに設置し、音楽をそれ用に立体的に制作すれば、もっと映像との一体感が楽しめたのではと思う。

一通り「楽しんだ」後、銀座のイタリア料理のお店で夕食。クオリティはかなり高かったし、通常のコースであればコスパも良いんじゃないかと思えるほどの料理であった。(クリスマス用のコースは少し高めに設定してあるような気がしてしまった。)ワインが美味しく、食事も美味しく、話も楽しい。こういう体験は久々だなと心から喜べた。そして銀座の街を歩き、なぜかクリスマスケーキを購入し、帰宅。

印象的だったのは、並ぶ人達の顔が皆幸せそうだったことだ。なぜ、あんなに並んでおきながら幸せでいられるのか。そして、なぜあの無駄にお金がかかったセットをそれなりに楽しめたのか不思議だった。つまるところ、なぜ日本人がクリスマスを楽しめるのかという疑問が湧いただけの1日であった。あんなに大変な思いをしてまでして、クリスマスを楽しもうとする人のことは理解できないが、人生は楽しんだ者勝ち、というわけで楽しめる人は強いなと感じた。

クリスマスに対して私は否定的な目で見ているように思われるかもしれないし、実際そういう面があるのは拭えないが、楽しめるなら楽しんだ方が良いとは思っているため、クリスマスなんて行事がなくなれば良いと思っているわけではない。

ただ、私はなんとなくな「中身のない」お祝い事であるクリスマスにやはり違和感を覚えているに違いない。私が子供にクリスマスという「幸福な」イベントをするかと言われると首を傾げてしまう。心から祝えない行事なんてやったところで子にもそれがバレてしまうんじゃないかと恐れているからだ。私と同様のクリスマスショック的な魔法から覚めてしまうという経験をさせたくはない。「失う辛さより、何もない寂しさなら耐えていける」といった心から来るんだろうか。何にせよ、幸せは演出するものではないと思う。もっと自発的な何かが良い。

行動が上手くできないため、改善を図るの巻

この行動力のなさは人格的なものなのか、病気のせいなのか未だに判断がついていない。「やる気がない」というのは言い訳になるが、病気をする前に難なくできていたことができないとなると、やはり病気あるいは薬のせいでやる気が出ないのではという気がしてしまう。

稀に行動できる時もある。行動をするまでに言葉にならない葛藤があり、それを打ち破れるだけの気力があるとそこでようやく行動できる。しかし、行動できたところでその状態を維持できるかというとこれもまた微妙で、集中力が続かないために行動し続けることも困難である。この2つの問題が解決できれば、やりたいことをもっとできるようになるのに、と普段考えているのだが、どうにかならないのだろうか。

読書に関しては、昔はさほど気合を入れて読むということがなかったように思う。児童文学や新書という比較的読みやすい類の本を読んでいたからというのもありそうだが、最近その手の本を読んでも苦しいことが多いのを考えると、やはり読む力が衰えているように感じる。気力30ぐらいでだらだらと読めるようになるのが理想的だが、果たしてそれが今の私で可能なんだろうか。

昔はやりたいこととやらなければならないことを全てやるために時間割を作っていた。やりきれない時は睡眠時間を削ってでもやり通すというスタイルであったため、それが病気になる一要因になっていたのではないかと今は分析している。時間割を作ってそれを遂行することは、一見合理的であるように思えるが、これは精神衛生のことを考えると実に非合理的であったと考える。しかしここにヒントがあるのではないだろうか。何パターンか時間割を作っておけば実行できる確率は上がるし、やる気を最大限活かせそうな気がする。

過去の失敗から同じ方法を取ることは避けてきたが、そろそろ再挑戦しても良いような気もしてきた。もちろんやり方は少し変えて、気が乗らない日は思い切りだらだらするようにしたいと思う。

というわけで時間割の作成に励むことにする。

『音楽美学』について

 

音楽美学<野村>

音楽美学<野村>

 

 以前紹介した本をようやく読み終えた。

emi0x0.hatenablog.com

 読むのに丸1年もかかってしまったわけだが、どうしてそんなに遅読だったかというと、もともと読むのが得意でないのと、美学的アプローチに全く馴染んでいなかったからというのがある。本をパラパラと開けば分かるが、聞いたことのない音楽批評家、そして耳にしたことはあるが、詳しくは知らない哲学者の名前がぞろぞろと出てくる。ここで、それぞれの人物についていくらか知っていれば読みやすかったのだろうが、全く知らない状態で触れた私にとって、この本のみであらゆる思想や捉え方、主義を把握しようとするのは無謀であったと思われる。

そもそも「音楽美学」とは何なのか、何をするものなのかというと、本の頭には次のように書かれてある。

音楽美学、一般美学の一分科は、特に音楽における内容と形式との探求、ならびに音楽の表出力と表出法に関する問題を問うことを課題としてもつ。古代やことに中世が音楽の本質に関する哲学的な問いを音楽のあらゆる理論的な考察の冒頭においたが、現代的意味での体系的音楽美学は十八世紀以来初めて成立する。音楽美学は音楽理論(和声学、作曲学、楽曲分析)からは次の点で区別される。すなわち、それは個々の音楽作品の制作や構造についてはあまり問題にせず、むしろ一つの全体としての、与えられたものとしての、美的とか魅力的とか醜とか崇高とか(それらに対するあらゆる部分的諸前提とならんで)の諸範疇にしたがっての、人間精神における音楽の反映を対象とするものである―あるいは少なくとも対象とすべきであったのである。

音楽美学は一般美学の一分科で、とくに音楽における形式と内容の関係、音楽の表出力と表出法に関する問題などを研究する。

イマイチ釈然としない部分はあるが、「 音楽とは何か」といった定義や、「音楽は感情を表現するためのものであるか」といった問いなど、哲学的な問いはほぼここで検討されるべき問題として扱われるという認識で良いと思う。では音楽哲学とどう違うのかというと、少なくとも音楽哲学は音楽美学にとどまる必要はなく、音楽論理学、音楽倫理学でもあるべきであろう、とされている。

本著では音楽美学の定義から、音楽美学思想史において音楽とはどのようなものであったかということや、形式や内容、様式、実践といったところで音楽美学的な問題を取り扱い、最後は音楽の本質について迫るという形で締めくくられている。

今日様々な音楽が存在するが、普段音楽に触れる人は「音楽とは何か」という問題にぶつかるのだろうか。一般的には何の疑問もなく西洋音楽的な音楽を音楽作品として捉えているように思う。楽典的に言うと、音楽とはリズム、メロディ、ハーモニーの3要素から成り立ち、作曲、演奏、鑑賞の三者によって成立する。もう少し広く捉えると、連続する時間の流れの中で享受する聴覚的な時間芸術であるといえる。しかし、よくよく考えてみればそれだけでは不十分であることに気がつく。あるいは、もっと根本的な音楽の特徴が見えてくるかもしれない。私の場合、音楽に触れれば触れるほど音楽の定義や本質、特徴を考えざるを得なかった。良い音楽を作りたい。良い音楽とは何だろう、そもそも音楽とはなんだろう。そのように自然と生まれた問いだった。似たようなところで躓いたり、立ち止まったりした人には音楽美学を薦めたい。きっと学ぶ前より音楽について深く知ることができるし、自分が音楽とどのように関わりたいかという部分でも見えてくるものがあるように思う。

 

音楽美学の主方向の体系的分類は3つに分かれる。

A、音楽の原理や法則は音楽自体のうちにある

これにさらに音楽を①一種の論理学のように考えるものと、②形式主義的と言われるようなものと、最近の③力学的な立場に立つものとを分けることができるのである。

 

B、(AとCの中間)音楽を言語に関係させて考える。

①音楽を一種の言語とする②本来言語を伴うものとして考える、さらに前者においても、音楽を象徴として、いわば超概念的な言語と考えるものと、一種概念的な、悟性的にも把握できる性質をもつものなることを主張する立場とがあり得る。

 

C、音楽の原理や法則はそれ自体としては音楽外のものである

音楽を何らかの意味であるいは世界を、あるいは人間を反映ないし表現するものとするのである。

 

音楽美学思想史、音楽の内容についてはまとめようにも長くなってしまうので割愛。

以下メモ書き。

現代の音楽美学は即物主義的、客観主義的、力学的、エネルギー説的。気分美学・情緒説に反対し、単なる形式理論を退け、音楽における純音楽的なものの把握に全力を集中する。楽曲の詳細な専門学的分析を通じて、音楽の本体を力性やエネルギーに還元し、その緊張と弛緩の過程をできるだけ客観的に記述している。

現在のわが国の一般音楽愛好家の美学的立場はロマン主義的であるのに対し、作曲家や演奏家の幾人かの立場は現代の力学的立場をとっている。

ロマン主義的立場から見たロマン主義的音楽美学は主観主義的、感情主義的、詩的、文学的等々によって特色づけている。論理的、悟性的なものに対して感情的なものを強調し、音楽に情緒の充溢、有頂天の感激を求め、好んで音楽を詩的ないし文学的に解釈しようとした。

音楽作品には必ず何らかの秩序があり、しかも現代音楽美学はそういう秩序を学的にある程度明示することができるようになった。―しかし、ただ音楽の一面を学的に捉えたのにすぎないのである。音楽における秩序の問題こそ、われわれの美学の根本問題であり、美学がそれを知性的学的に探求するのに対して、音楽の芸術的鑑賞においては、秩序は主として直観的と同時に多分に感情的に把握される。

 

ロマン主義的音楽美学を完全に否定できるかどうかについては次のようにある。

標題音楽、映画音楽、色彩音楽、具象音楽等を考慮すると、音楽は実際には音楽外のいろいろなものと深く結び合っており、絶対音楽的なものは例外と言っても言い過ぎではない。だから現実において音楽は純音楽的に聴くべしと主張しても、我々が普通に接する音楽においては矛盾を感じざるを得ない。

 

最後音楽の本質についての章があるが、結論から言うと、

「ことばは定義することができない」と同様、「音楽は定義することができない」。古代ギリシア音楽、調性音楽、伝統邦楽、ジャズ、十二音音楽、前衛音楽のそれぞれは定義可能であろうが、それらすべてに通ずる音楽の定義はもはや不可能である。

 とある。個人的にはあっけらかんとしてしまった結論であるが、その通りでもある。ということは、つまり音楽の本質について考える際、各々の音楽の定義が必要になってくるし、どのような時代のものかといった音楽の背景も単なる「背景」としてでなく、様式、形式などの「内容」として取り扱われる必要があるということが分かる。様々な音楽の捉え方を追ったからこそ辿り着いた結論であるが、やはり音楽全体を通して定義することは実は可能かもしれないという期待が捨てきれない。

と、かなり内容の濃い一冊であったものの、音楽思想史や音楽の内容についてはまだまだ物足りない感覚を覚えたため、今後突っ込んでいきたいと思う。