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万華鏡の世界

自分と自分と時々君

音楽に求めていること

質の良いブログを探そう、というわけで音楽用語を用いて検索し、はてなブログを中心にいくつか回ってみた。

いろいろとあって音楽とは長い付き合いであるわけだが、今日様々なブログに触れてみて思ったのは、「私は音楽に関してどうしたいのか」ということだった。

最近の興味は専ら音楽美学にあるが、ガチの音楽美学・音楽哲学の方の話を読んでみるとなるほど、私はそこまで興味がないなということを思う。作曲においても、なるほど、私はそこまでの表現欲はないなと思う。というかそもそも、鑑賞をするにあたって気分を害することも多い。しかし、なぜか音楽について考えてしまう。呪いにかかったように音楽とずるずる関係を結んでいるため、嫌いだという感情が湧く。

しかし、全く音楽したくないのかと言われると違う。ピアノを鳴らし、曲をなんとなく弾くことは好きだし、エレクトロニカを聴くとリラックスできることが多い。曲もなんとなくふんわり作る。考え事もふんわりやる。他人から見れば中途半端でつまらないかもしれない。欲求がない以上、そのどれかを突き詰めてやろうという気は起こらないが、前の記事でも書いたように「最低限やりたいこと」は存在する。

私が音楽を嫌うのは音楽はどうやっても生の喜びを謳うものであるからだという抽象的な回答はできるものの、具体的に音楽というもののどこに嫌悪するのか言葉にしたくてここ数年は学んでいるように思う。それが今の素直な願望であって、それ以上の感情はない。

音楽の勉強は楽しい。曲を作るのも苦しいが面白い。楽しい、心地良いという気持ちを持って嫌いな気持ちを克服できれば幸いだ。私はまだ生きている。

 

ところで、「質の良いブログ探し」はどうなったかというと、なかなかしっくりくるブログがなくて読者になるまでに至らなかった。音楽以外のジャンルで探した方が見つかるのかもしれない。「考える」だけの人も、「作る」だけの人も、「鑑賞する」だけの人もどうやらピンと来ない。そして、音楽系のブログを辿っていると、皆の音楽に対する愛を感じすぎて、知覚過敏になったようにズキズキと強いダメージを受けてしまう。音楽という世界が多様過ぎて、疎外感を覚えてしまう。単純にジャンルで見てもそうだ。クラシック系の人とも、ポップスやロックの人とも合わないし、ボカロもダメだし、好きなエレクトロニカでもダメ。「それだけ」がダメ。音楽という広大な宇宙の中で、中途半端に世界と世界の境界を彷徨う私は、マージナルマンとして永遠にひとりぼっちなのかもしれない。