万華鏡の世界

自分と自分と時々君

「モナリザ」について

 昔書いた文章。元々モデルの写真が存在していたのと(肖像権等の関係で記載せず)、絵とともに見ることを前提としているので少し分かりにくいかもしれません。

 

Mona Lisa」の考察

 

1.微笑みとはなにか

 「モナリザ」は本当に微笑んでいるのかという話をよく見かける。確かに、人物画であるからその人物に目が向けられるのは当然のことだが、「モナリザ」は特に様々な書籍やインターネットにおいて表情に関する記述が多い。「モナリザ」を鑑賞するに当たって「微笑みとは何か」という問題を意識するようになった。それは、「モナリザ」の絵が自身の抱く「微笑」のイメージとはやや異なるように感じたからである。今までも「モナリザ」には得体の知れない違和感があった。何が通常と異なるのかという話は読んだが、その時はぴんと来なかった。何故かというと、微笑という概念が自分の中で曖昧だったからである。

 「モナリザ」の絵に実際の生身の人間が見せる微笑と異なるものがあるということは、数分絵を見るだけでも感じることであるが、人が笑ったときでも違和感を覚えることはある。「モナリザ」の見せるそれが、人が笑ったときに覚える違和感と通じるのかそうでないのか、もし違和感があるとすればそれは微笑みではないのか。そのことについて少し考えたい。

 微笑と聞いて思い浮かぶものの1つが写真に写るときの表情である。典型的なのがファッション雑誌の写真である。モデルはポーズをとり品良く微笑む。あるいは飲食店で注文を受けた際の店員の表情である。それらは「笑っている」のだが、心の底からは笑っていないと感じる。具体的にどうしてそう感じられるのかをまずみていく。

 「彼らは仕事をしているのだから、本気で笑っているはずがない」という意識が背景にあることは否めない。写真に写る時もカメラに向かって笑いかけるということは、不意に漏れる笑みとはやはり異質なのである。その差異はどのようにして表出しているのか。実際に微笑んでいるとされる写真をいくつか選んで見てみた。

 あるファッション雑誌の写真では、二人ともやや首を傾けて微笑んでいるように見えた。頬肉がぷっくりと膨らみ、口角が上がっていることが分かる。目はぱっちりと大きく、見開いている。

 丁度同じモデルが写っており、「モナリザ」と似た角度からの写真を見つけた。ただし、体を捻っていないことと、光源の位置の点で異なる。

 写真加工によって影がやや薄くはなっているが、こちらでもやはり頬肉の膨らみと口角が上がっていることが確認できる。やはり目はしっかりと見開かれている。そして、眉と目の部分のみに注目してみると、「微笑み」は消えた。これが作り笑いだと感じる要素であると感じた。さらにやや傾いているこの傾きを消し去る。眉と目の部分だけを見ると完全に真顔に見えるようになった。気になったので、このモデルが実際に笑っているであろうと感じられる動画も確認した。それを見て、彼女は紛れもなく笑っていると感じた。歯を見せ、頬肉を思い切り隆起させている。そして先ほどまでの写真と大きく異なる点は目が細長くなっていることであった。これらの差が作り笑いが通常の笑みと比較した際に覚える違和感の正体だった。

 以上をふまえて笑っていると感じる要素を整理してみると、以下のものがあげられると考えられる。

 

・必要不可欠なもの

①頬肉の動き

②口角

 

・あった方が自然であるもの

③顔(首)の傾き

④目の動き

 

 ここまでで、実際の人間が見せる「微笑み」でありながら違和感を覚えるのが「営業スマイル」に代表されるものであることを明確にした。ここで分かるのは、微笑というのは本人が心から笑っているかどうかということを抜きに、最低①②であげたように口角が上がっており、頬肉が膨らんでいれば微笑なのである。「微笑み、微笑(びしょう)」という言葉にその人心からの「笑み」という要素は含まれていないということに留意したい。そして、この「営業スマイル」による違和感が「モナリザ」を見たときの違和感と同質であるかを次にみていく。

 

2.「モナリザ」の微笑み

  先ほどの写真の微笑と「モナリザ」の微笑を比較する。微笑みに必須なのは頬と口角の動きであった。その2点に絞って見ていく。まず「モナリザ」の口元だけに注目する。それから先ほどのモデルの写真も同様に口元のみを切り抜いてみた。

 口元のみでいえばどちらも口の端が上がっているように見える。程度でいえば、印象としては口角はモデルの写真がよりしっかりと上がっているように感じた。「モナリザ」の場合は口角の上がり具合はごくごくわずかなのである。そして、鼻の真ん中つまり顔の中心で半分に分けたとき、彼女の右半分の口元だけ見ると笑っていない。左側は陰影が笑った口元のようになっている。

 次に頬の動きに注目する。よく見ると「モナリザ」は左頬も右頬も目立った肉の隆起がないのに対して、モデルの頬肉はやや盛り上がっていることが確認できた。目と口という要素をなくしても、モデルの写真では頬肉が盛り上がっているため笑っていそうだということが分かるが、「モナリザ」は目と口をなくすと無表情になってしまう。

 顔の傾きは「モナリザ」は傾いておらず、モデルはやや傾いている。目に関してはどうだろうか。目を細めているかという点ではどちらもそうではないように見える。しかし、「モナリザ」のこの目が笑っているときの目に見えることもある。「モナリザ」では右目と左目で印象が異なるように思われる。複数の文献で確認してもそのような記述が見られる。左目に着目すると、左目は彼女から見て左側(私たちから見ると右側)を見つめている。そしてその目は鋭く開かれている。一方右目はこちら、正面を見つめており、目尻がやや下がって見える(厳密には目自体が傾いているわけではない)ため微笑んでいるようにも見える。ただ断定できるほど明瞭ではない。陰影がなければ全く分からない程度のわずかなものである。口元に関しても同じであった。陰影を頭の中で消し去って形として捉えた場合、パーツごとに見ていくとそれが微笑んでいるようには見えないのである。

 さらによく見るためにモデルの写真と比較するとその違いは明確である。右目の黒目の位置は「モナリザ」もモデルの目もほぼ同じ位置であるが、左目は明らかに違う。そして目のフレームに注目すると、「モナリザ」の左目の上瞼と下瞼のバランスはモデルの目とほぼ同じようなアーモンド形のアーチを描いているが、右目はモデルの目のようにアーモンド形ではなくひまわりの種を横にしたときのようになるのが自然のようである。しかし、「モナリザ」の右目は左目と同じくアーモンド形なのである。角度が違うのではないかという指摘があるかもしれないが、鼻を比較した際にその角度がほぼ同じであることが分かるため角度が大きく異なっているからという理由づけはできない。

 つまりここで分かるのは、「営業スマイル」の時に覚える違和感と「モナリザ」の微笑みを見たときの違和感は明らかに質を異にしているということである。

 布施英利「『モナリザ』の微笑み 顔を美術解剖する」では「『モナリザ』は合成画だった」と書かれている(15頁2行目引用)。そして美術解剖学の専門である著者は「モナリザ」は微笑んでいなかったと結論づけている。正確にはパーツごとで「解剖」して見ると微笑んでいないが、全体を見た際にはやはり微笑んでいるように見えると述べている。

 また、背景に関しても地平線が繋がっていないことや、左と右の背景ではその印象が大きく異なるという指摘があった。そしてその背景はレオナルド・ダ・ヴィンチが幼い頃過ごした土地であり、その土地の古代の様子を想像して描かれたのではないかと考えられている。確かに背景のみに目を向ければ、古めかしいまるで恐竜でも現れるのではないかと思うほどの印象を受けるような風景である。そのことからも彼女のみでなく、背景も「合成」であることが分かる。

 布施はさらにその手法はパブロ・ピカソに受け継がれたと述べている。あらゆる角度から見たときの対象物を一画面に収めるキュビスムがそれに当たる。ピカソの絵と「モナリザ」の違いは、「モナリザ」はぱっと見ただけではそれが合成であることが分からない点にある。現実にいるのではないかと思わせるような一見写実的な具象画のようであるが、実際のところは現実的にはありえないものである。現実に限りなく近く、具象的な絵であるがよくよく見るとそれは現実を超えている。この現実と超現実が隣り合わせになった状態が「モナリザ」なのである。そのことを考えると、超現実主義つまりシュルレアリスムの絵をも彷彿とさせる。ルネ・マグリットに代表される事物のありえない組み合わせや夢の中の世界といった具象画である。ピカソに関してはキュビスムの後にシュルレアリスム的な絵も描いている。キュビスムシュルレアリスムは非常に隣接しているのかもしれない。そして「モナリザ」はそれらの世界観をも内包してしまっているということが今になっていえる。

 「モナリザ」の芸術的価値の1つとしてはその現実性と超現実性が隣接していることで、一瞬でその2つの世界を行き来できてしまうことにあると考える。死体の解剖を行っていたダヴィンチは、参考文献によれば「モナリザ」を描いた頃には骨格や表情筋をしっかりと捉えることができるようになっていたとされている。しかし、「モナリザ」の頬や口元などのパーツは違和感が多々認められるものであり、それはダヴィンチが意図的にそうしたのだとしか言いようがない。写実的に描こうと思えばより「リアル」に描けたが、あえてそうはしなかった。当然単なるデッサンではないのだ。

 ルネサンス期といえば宗教画が多く、自然との調和を図った絵が多い。バロック期は光と影のドラマティックな演出や、写実的な絵が流行した。しかし、ダヴィンチがとは言わないが「モナリザ」はそういった時代やジャンルで分けられないのではないかとここに来て考える。今でこそ言えることばかりだが、そのシュルレアリスム的な現実と超現実が隣接していて、一瞬でその2つの世界を行ったり来たりできてしまうというのは、まるで宮沢賢治の『風の又三郎』のようであり、骨格や表情筋を知り尽くしていたであろう彼があえて違和感を生み出し、そしてそこに芸術性を生み出したというのは、まるでドビュッシーが和声を熟知しながらも、昔の手法である旋法を使用した色彩的音楽を生み出したことのようである。

 

3.ダヴィンチの絵画を辿る

 レオナルド・ダ・ヴィンチが生涯に描いた絵画は10数点と少ない。そのため、どのような作品を残したか簡単に見ていきたい。着眼点はその人物の表情である。

 

制作年順のダヴィンチの主な絵画作品

(情報の引用元:ダヴィンチの工房「画家としてのダヴィンチ」)

 

①「受胎告知」1470~1475年

 天使は幾分うつむき加減。マリアは毅然とした態度で告知を受けとめている。この作品は、ダヴィンチがヴェロッキオの工房にいた時に他の弟子たちとともに制作したものである。構図や風景などもほとんどすべてがダヴィンチの手によると言われている。

 

 拡大してよく見てもこの女性は無表情である。この時期の宗教画は厳粛で、心の揺れが描写されることはなく、これだけ動きのあるものでさえ当時にとっては新鮮だったようである。

 

②「キリストの洗礼」1471~1476年

 この絵は師匠ヴェロッキオの作品であるが、ダヴィンチも弟子の一人として制作に参加した。ダヴィンチが描いたのは、背景と一番左の天使である。自分の作品よりあまりにも優れているこの天使を見たヴェロッキオは、感動し、二度と絵筆を取ることはなかったという。

 こちらの絵も登場しているすべての人物は無表情である。首を傾けているせいか遠目だと微笑んでいるようにも見えるが、よく見ればどこにも笑みは見当たらない。

 

③「ジネヴラ・ベンチの肖像」1475年

 ジネーブラ・ベンチは、代々メディチ銀行の総支配人をつとめたベンチ家の長女。「比類のない慎み」と微笑みを称賛された女性であるが、この絵では微笑んではいない。

  ダヴィンチの絵を見てきて、この絵は特に「違和感」を覚える。「モナリザ」のような複雑な違和感ではなく、不自然な印象が強い。布施はこの時期(この絵が描かれた後10年を含む)の絵は骨格を執拗にとらえることにこだわっていたダヴィンチの様子がうかがえると述べている。そして骨格の上に乗っている表情筋にはあまりこだわりが見られないため、肌の色艶や美しい髪を纏っているにも関わらず静かな印象を受ける。全体の雰囲気を通しては死んだようにも見える。その違和感の正体はやはり表情に隠されているといっても過言ではない。

④「東方三博士の礼拝」1481~1482年(未完)

 背景に馬の群、中景に羊飼いたち、中央には聖母マリアがキリストを抱き、三博士は跪いて生誕を喜ぶ。

 「喜ぶ」とあり、遠くから見るとこの女性は紛れもなく微笑んでいる。しかし、書籍にある拡大写真を見ると微笑んではいない。無表情そのものであり、頬の肉の隆起は見られない。しかし顔が傾いていることと、目を伏せている様子から全体を通して見ると微笑んでいるように見える。布施も「しいて微笑に思える要因を探せば、それは首を傾けて、顔を下に向けていることに気づく。」(30頁13行目)と述べている。

 

⑤「聖ヒエロニムス」1482年(未完)

 聖ヒエロニムスは、4世紀、パレスチナの砂漠で苦行を続けながら、聖書をラテン語に訳した聖人である。トゲを抜いてやったライオンを供につれている。

 こちらも無表情である。やや苦痛に顔を歪めているようにも見える。

 

⑥「白貂を抱く婦人」1483~1490年

 ダヴィンチの庇護者であったミラノの専制君主、ルードヴィコ・イル・モッロの愛人、チェチリア・ガッレラーニの肖像画である。

 ダヴィンチの絵をいろいろと見てきた中で、最も自然だと感じる。頬肉の隆起がわずかに感じられ、控えめであるが微笑んでいるように見える。厳密には微笑みというより前向きな印象を受ける。溌剌とした生きている人間を思わせる。体を捻っていることから「モナリザ」の彼女のポーズを想起させる。宗教画ではないために微笑みという心の動きを描写したのだろうか。

 

⑦「最後の晩餐」1495~1498年

 12人の弟子と共に食卓についたキリストが、「汝らの一人、我を売らん。」と言った瞬間が描かれている。左から、バルトロマイ、少ヤコブ、アンデレ。4番目が裏切りを見抜かれたユダ。その奥、ペテロは隣のヨハネに、裏切り者は誰なのか主イエスに聞いてくれと頼んでいる。イエスの右、トマソは、裏切り者は一人ですか?と指を立てている。その右が大ヤコブ、ピリポ、マタイ、ダダイ、シモン。ミラノ公ルドヴィーコ・イル・モーロの注文で、スフォルツァ家の菩提所サンタマリア・デレ・グラツィエ教会の食堂の壁に描かれたこの絵は、ダヴィンチの作品の中でも、当時の人々に最も賞賛されたという。

 様々な動きが見られるが、表情はどれも乏しい。無表情であるがゆえにその動きによって人物の心が見えてきそうである。

⑧「モナリザ」1502~1506年

⑨「岩窟の聖母」1503~1506年と1483~1486年

 「岩窟の聖母」の絵は二つある。左がロンドンナショナルギャラリーのもので、右がルーブル美術館のものである。依頼した教会は、聖母と幼児イエスと二人の天使、二人の預言者の絵を要求していた。しかし、完成した絵(右のもの)は約束と違っていて、また、制作が遅れたこともあり、教会が支払いを渋った。

 右側にいる人物は微笑んでいる。右の絵を見るとそれは明確である。自然な優しい微笑である。

⑩「聖アンナと聖母子」

 幼児イエスと母マリアと祖母アンナがピラミッド形を形成し、その視線は互いに結び付けられている。レオナルドの最後の風景描写であり、岩盤などに地質学の研究の成果が見られる。

 この作品もまた人物は優しく微笑んでいる。ごつごつとした山の並ぶ風景の険しさと大らかな微笑みによる温かさのコントラストを見出すことができる。「ジネヴラ・ベンチの肖像」のような質の違和感はなく、その微笑みは自然である。

⑪「洗礼者聖ヨハネ」1513~1516年

 ダヴィンチの最後の作品と言われる。ダヴィンチは晩年、フランソワ一世に招かれてフランスへ赴いたが、そのときこの絵と、「モナリザ」、「聖アンナと聖母子」の三枚を持っていき、最後まで手放さなかった。

 歯を見せてこそいないものの、微笑みというより満面の笑みというような言葉が浮かぶ。色彩は統一されている。背景の闇と人物に当たった皮膚の光のコントラストが美しい。不自然なまでに口角が上がっており、まるで円の一部であるかのようである。目は「モナリザ」の時と同様、黒目の位置が右目と左目で異なり、顔の右半分だけを見たときはこちらを見ているように見えるが、左半分だけを見ると彼から向かって左側(私たちから見て右側)を見ているように見える。上部を指差していることと、その口角の上がった口元からエネルギーを感じることができる。

 ここまで見てきて分かることは無表情の人物が多かった彼の作品は、微笑みや笑顔の人物が後半になって多く登場するようになったということである。きっと「モナリザ」以外の作品も良くみていくとさまざまな仕掛けが施されていることであろう。セザンヌの人物画は、無表情のものが多かった。それは表情といった変化するものを排除することで何らかの効果を狙ったものと思われる。例えば満面の笑みを描くということは、その人物の魅力や絵の魅力を引き出すことになるかもしれない。しかし、それは笑顔でしかない。もし表情を取り去った無表情の絵であるなら、鑑賞者の心理によってはさまざまに捉えることが可能であるかもしれない。

4.まとめ

 ダヴィンチは人物の表情を描くということと、無表情を描くということその両者をも選択しなかったように感じる。あるいは両者とも選択したのである。というのは、最終的に「微笑み」を描くことが多くなった彼だがそれは「モナリザ」に代表されるようにパーツごとで見ると微笑んでいなかったり、「東方三博士の礼拝」首を傾けて微笑んでいるように見えるが良く見れば口角は全く上がっていなかったりというようなことがあったからそう考えられるのである。微笑みを描いたということは、明らかな笑顔や泣き顔といった感情が表出している状態を描こうとしたわけではなく、それらを完全に排除した無表情でも当然なく、より鑑賞者に寄り添うことのできるものとして微笑みを選んだ。現実的でありながら、超現実的な人物を絵に収めた。微笑みという一種の感情の表出を描きながらも、絵が動いているのではないかと錯覚させるような工夫を凝らし、解釈の幅が狭まらないものにした。そういったことが大きくは「モナリザ」の魅力であると私は考える。見れば見るほど発見がある絵というのはそれだけでも良い。当初あった違和感さえ「モナリザ」の魅力であった。

 

引用・参考文献

一條貞雄 2001年~2010年『「モナ・リザ」論考』仙台大学紀要33(1)

James Hall 1988年『西洋美術解読事典』河出書房新社、東京

布施英利 2009年『「モナリザ」の微笑み 顔を美学解剖する』PHP研究所、東京

ダヴィンチの工房 http://www.ops.dti.ne.jp/~manva/